高尾山薬王院本堂


仁王門をくぐると高尾山薬王院有喜寺本堂が目の前にある。


本堂には薬師如来と飯縄権現(いづなごんげん)が祀られている。飯縄権現は四天王門のところにあった、羽を付けた天狗の像のように、鳥天狗の姿をしていると考えられている。


大本坊の方からほら貝の音が聞こえてきた。ほら貝の音に引き寄せられるように人々が走り出したので私も走って行くと、護摩を行う一行がほら貝の音とともに本堂に入ろうとしていた。本堂内での撮影は、はばかられたので、行き帰りのみほら貝の音とともに掲載しようと思う。


帰りのほら貝は唇が乾いたか、ちょっと気持ちが燃え尽きたらしい。


護摩の最中、本堂の上から仁王門方面を眺めてみる。


境内には色々な像や石碑が並んでいる。仁王門のとなりに行基菩薩像があった。

高尾開山行基菩薩御像


天平16年聖武天皇勅願に依り行基菩薩薬師如来を奉安東国鎮護の祈願の寺薬王院有喜寺を創建す
永和年間俊源大徳修法精進飯縄大権現を感得高尾山御本尊とし中興開山し法燈今日に及べり
一心祈願山内安全 萬民豊楽
御本山高尾山薬王院現在
台三十二世隆玄職
高尾開山行基菩薩御像解説板より

その隣には今は使用されていない寛永古鐘がある。

寛永古鐘


古鐘在銘 寛永八年 西暦1631年 当山第10世堯秀代

古鐘は昭和41年9月24日台風26号により鐘楼全壊の折り損傷す
現在の鐘楼梵鐘は昭和49年7月8日完成し落慶式が巌修された
当山第31世秀順代。この小屋は古鐘保存の為平成9年12月
篤信者の寄進により建立された 現住隆玄代。

寛永古鐘解説板より



こちらが昭和49年7月8日に再建された立派な鐘楼梵鐘。


良縁成就、寿福長生、縁結びの愛染明王(あいぜんみょうおう)。起源がインドの旋律を意味するところから歌舞音曲関係の人達の信仰も多い。


「和合歓喜天さまに除災招福・家庭の和合円満をご祈念下さい」 とあった。扉は閉じられて御祈願ご希望の方は申し出るようにとの但し書がある。誰もが円満なら良いのだが。


本堂の横手に十善戎が書かれていた。

十善戎


不殺生 あらゆる生命を尊重しよう
不偸盗 他人のものを尊重しよう
不邪婬 お互いの尊敬しあおう
不妄語 正直に話そう
不綺語 よく考えて話をしよう
不悪口 優しいことばを使おう
不両舌 思いやりのある言葉を話そう
不慳貧 惜しみなく施しをしよう
不瞋恚 にこやかに暮らそう
不邪見 正しく判断しよう

日々の生活で実践して 仏の教えを体感しよう

薬王院本堂横の解説板より



十善戎の前に薬王院大師堂がある。薬王院大師堂は東京都指定有形文化財(建造物)に指定されている。その詳細については解説板が設置されている。

薬王院大師堂 東京都指定有形文化財(建造物)


所在地 八王子市高尾町2177
指定 昭和53年3月16日
建立年代についての確実な資料は欠いていますが、延宝5年(1677)薬師堂炎上の際に類焼し、その後、再建されたものと推定され、建物の様式技法から江戸時代中期は下らないと考えられます。特に、向排・虹梁・木鼻及び海老梁などの絵模様彫刻技法は、建立年代を遡る古様式を具備しています。『新編武蔵風土記稿』によれば、当時は大日堂と称し、「薬師堂ニ向テアリ、三間四方南向ナリ」 という位置にありました。その後、3回にわたる大改修を経て、現地に移されていますが、近世中期の社寺建築様式の傾向を知る上で、古様式を墨守する流派の存在を示すものであり、建築史上貴重なものとして東京都の有形文化財(建造物)に指定されました。桁行3間、梁間3間、向拝1間、両端間各1間の仏壇及び位牌壇を付設しています。屋根は宝形造銅版葺です。
平成22年3月 建設
東京都教育委員会
薬王院大師堂解説板より

薬王院大師堂の周りには四国88箇所の本尊の分身と霊場の砂が納められており周囲の霊場88箇所を巡ると御利益があるというもの。超特急で一周してみた。



高尾山八十八大師巡拝霊場


この巡拝霊場は、弘法大師ゆかりの地である四国八十八ヶ寺霊場を、当山の大山隆玄貫首が自ら一ヶ寺ずつお参りして持ち帰られたお砂を納めた霊場です。
この礼状を巡る事により四国八十八ヶ所と同様の功徳がいただけますので、一番所よりお砂を踏みつつお参りし仏縁を深めていただきたく存じます。
大本山高尾山薬王院
高尾山八十八大師巡拝霊場解説板より



高尾山八十八大師巡拝霊場を巡るには、それぞれの霊場でお賽銭を上げなければならない。ここで100円玉を1円玉100枚に両替して、霊場を巡る。


薬王院大師堂のそばに延命地蔵尊がひっそりとたたずんでいた。筈なのだが新しい石は光り輝き結構目立っていた。周囲に馴染むにはもう少し時が必要なようだ。