男坂と女坂


神変堂のすぐ先に高尾山境内案内図が立てられている。高尾山全体を書いたもので、建物の位置関係が判りやすい。案内図の下部には高尾山の略記が記されていた。

高尾山略記


一、開創
当山は天平16年(1,200有余年前)行基菩薩が聖武天皇の勅願を奉じ東国鎮護の総祈祷寺として開山された
一、中興
今から600年前、俊源大徳がこれを中興し併せて飯綱大権現を祀って修行道の根本道場とした。
一、宗派
現在は新義真言智山派に所属する大本山であり高尾山薬王院有喜寺と称する関東三山の一つである
一、お護摩
お護摩の火は智恵の火であり護摩木は煩悩をあらわし、この火を通じて全てのものを清浄にし御本尊の無限の力を信ずる者の力が一体となる時「お護摩の功徳」が生ずる
一、杉苗の奉納
当山と信仰する人々が御本尊に祈願をこめる時、又祈願成就の御礼に奉納下さるわけで大自然林の育成に力添えすることである
一、坊入りについて
遠来の御信徒、ご講中参拝団並びに一般の御信徒の方々に精進料理をご接待いたします。
詳しくは本坊にてお尋ね下さい
当山
高尾山神変堂横の 解説板より




神変堂を過ぎるとなだらかな道がしばらく続く。右手には小さな紅葉が目を楽しませてくれた。山全体が紅葉ならとも思うが、闇の中の光が美しいように、紅葉とは無縁の杉並木の中の赤や黄は一際人々の目を引くのかもしれない。


南無飯綱大権現の石碑の所で道は二又に分かれている。右が女坂、左が男坂で仏舎利塔のある小山に沿って道が付いている。行き先は一緒なので女坂を進む人が多いようだが男坂も108段の石段さえ登れば平坦な道が続いている。



こちらは女坂で平坦なためか圧倒的に人が多いようだ。男坂を登った後に携帯酸素ボンベを使用している人も見たのでここで無理をする必要はない。


男坂の方は108段の石段を恐れてか少し人が少ないようだ。私は標高が見る間に上がっていく石段が好きなのでこちらを進むことにした。


石段に登る手前の修行大師の石像の横に百八の石段の説明板があった。

百八の石の階段


この石段は百八段あります。
百八とは、人間の限りない悩みや苦しみの煩悩を意味するものです。
ご本尊様の加護により、かかる苦しみ悩みを踏み越えるよう、一歩ずつ
「なむ、いずなだいごんげん」 と念じながら、この石段をお登りください。
大本山高尾山薬王院
百八の石段前の解説板より


石段を登りきれば道は平らになっている。右手の石段を登っても仏舎利塔に行けるが、このまま石碑が並ぶ参道を進み、女坂との合流地点から仏舎利塔の方に行く事にする。


数え切れないほどの石碑が道に沿って置かれている。字が読みにくい石の横にも、それぞれ立て札が付いているので判りやすい。